「漆の硬化」について


  うるしの乾燥(硬化)

 DIYでよく使われるオイルフィニッシュ塗料や水性塗料、2液型ウレタン塗料などと同じように、うるしもまた、化学反応によって塗膜が硬化します。

参照:外部リンク
「木材用塗料 ~種類と特徴~」兵庫県立丹波年輪の里
http://nenrin.org/036tayori/post_72.php

 上記のような塗料には粘っこい樹脂を薄めて粘度を下げ、塗りやすくするために水や有機溶剤などの「溶剤」が配合されています。(※ 塗料の世界では、「水」も溶剤のひとつとして考えています。)

 塗装した塗料からは、やがて「溶剤」が揮発して無くなり、塗料の主成分である「樹脂」が化学的に変化を起こし、「顔料」や「添加剤」を抱きかかえて塗膜を形成します。

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 「溶剤の揮発」と「樹脂の化学反応」は同時に起こっていて、「溶剤の揮発」が進むほど「樹脂の化学反応」のスピードも速くなり、両方が完了すると「塗料が乾いた(塗膜が硬化した)」状態になったといえます。

 一般に、塗料は使われている「樹脂」の種類によってその化学反応の仕組みが異なるため、塗料の種類ごとにそれぞれ「塗料を乾燥させるのに適した条件」=「樹脂の化学反応に適した条件」というものがあります。

 例えば「水性塗料」は低い温度で乾燥させると塗膜にシワやひび割れが入ってしまうことがあるため、あまり寒い環境は適していません。また、「2液型ウレタン」では、湿気が通常の化学反応を邪魔するので湿度の低い環境が必要です。

 反対に「1液型ウレタン」や「シリコン系塗料」の中には化学反応に湿気が必要なタイプのものもあります。

 このように塗料は、主成分に使われている樹脂によって、塗装後に乾燥させる環境の条件が異なります。その条件が満たされないときは、塗料がきちんと硬化しなかったり、塗膜が本来の性能に達しなかったりという不具合がおきます。
 そして、うるしの場合も「塗ったうるしを硬化させるのに望ましい環境」というものがあります。
 




 塗装したあと硬化するまでの間、この条件を保つために被塗物を養生しておく環境の温度と湿度を管理をしなければなりません。


 それでは、実際に湿度等の条件を変えて硬化させ漆の塗膜を見ていただきたいと思います。

 塗ったのは精製漆の「透素黒目漆」「黒素黒目漆」そして、「朱漆」です。「朱漆」は「透素黒目漆」に赤色の顔料を添加したものです。(※「朱漆」のように、着色顔料を添加したうるしを「色漆」と呼びます。)





 これらの塗膜サンプルは、いずれも樹脂類の膜厚を一定に塗布できる実験器具を用いて塗装しました。

 縦側、左の列が湿度60%で右側が80%、気温はいずれも15℃です。また左列の4段目の「黒素黒目漆」サンプルのみ、膜厚が150μm(マイクロメートル)になっていますが、その他は全て膜厚が75μmに塗装してあります。

 さて、1段目の「透素黒目漆」と2段目「朱漆」の左右をそれぞれ見比べてみてください。

 左列が湿度60%、右列が80%で硬化させたものですが、右側の方が左側よりも色が暗いのが確認できます。うるしは茶褐色透明の樹脂ですが、膜厚が同じであれば湿度がより高いときの方が、塗膜の着色が濃くなります。

 1段目の「透素黒目漆」では、60%で硬化させたものは茶褐色で下が透けて見えるのに、80%で硬化させたものは黒色に見えるくらいに塗膜の着色が濃くなっています。

 2段目の「朱漆」でも、顔料の濃度が同じにもかかわらずこのように色の違いが出るのは「透素黒目漆」自体の塗膜着色の影響です。


 したがって「朱漆」などの「色漆」は、硬化時の湿度によって同じ顔料濃度でも色合いが変わってくる特性があることになります。


 次に、左右の列を見比べていただくと右列の物と左列の4段目の膜厚が150μmは、いずれも塗膜の表面に「シワ」のようなものが入っているのが確認できます。これを「ちぢみ」と呼び、うるし塗装では代表的な塗膜不良になります。

 つまり「硬化に失敗しちゃった例」です。

 この「ちぢみ」の原因は、湿度の違いにあります。


 うるしは気温が同じであれば、湿度が高いほどより早く硬化します。

 しかし、塗膜の硬化は空気(酸素)に一番触れている塗膜の表面から進むため、高湿度下では表面ばかりがすぐに固まろうとして、まだほとんど固まっていない塗膜の中側のうるしが固まるために必要な酸素の供給を阻害してしまいます。そうすると、内側のうるしが液のまま半硬化している表面のうるし(膜)と接している状態になります。
 硬化反応が進んで膜になりかけているうるしに、硬化反応が進まずまだウルシオールの状態(モノマー)であるうるし液が接していると、膜の中にウルシオールが染み込んで、せっかく膜になりかけている表面のうるし(膜)を膨潤させてしまいます。
 この結果、半硬化している表面のうるし(膜)は、その比表面積が増え、かといって被塗物の面積は変わらないので、伸びた塗膜が行き場がなくなってちりめん状になる「ちぢみ」が発生します。


 この「ちぢみ」はさらに、同じ気温・湿度であれば、より厚く塗った時の方が起こりやすくなります。


左列の3段目の「黒素黒目漆」の膜厚は75μmで4段目は倍の150μmで塗装しましたが、気温・湿度は同じです。この時、右列の3段目の75μmで湿度80%のものと比較しても、150μmで60%のものの方が強烈に「ちぢみ」が発生しているのが確認できます。

 これは、一回の塗装で塗れるうるしの厚みに限界があることを示しています。

 また、今回の塗装サンプルでは掲載していませんが、同じ膜厚・湿度であれば、「ちぢみ」はより気温が高い時の方が起こりやすくなります。つまり、うるしを塗装不良(ちぢみ)なく硬化させるためには、塗装時の「膜厚」管理と、硬化時の環境の「温度」と「湿度」をあわせて管理する必要があるのです。



ちなみに、今回は「ちぢみ」が発生するかどうか、条件の境界ラインを狙って塗装したため、基準にした膜厚75μmという厚みは、実際の塗装では「かなり厚塗り」の条件になっています。

 左列1~3段の75μmで気温15℃・湿度60%のサンプルは、いずれも「ちぢみ」がなくきれいに成膜していますが、これが気温25℃・湿度60%の状態で硬化させたとすると、恐らくすべて「ちぢみ」が発生してしまうでしょう。


 一般的に、うるしの一回あたりの塗り厚は30~60μm程度が妥当です。
 (※「ちぢみ」が発生することを、「ちぢむ」と表現します。)





☆まめ知識☆

 【うるしの硬化条件とその理由】



 うるしが硬化する環境はおよそ、温度(15~30℃)で湿度(50~80%RH)の条件です。

 塗り厚によって大きく異なりますが、その環境下でおよそ6~24時間で表面をさわれるくらいまでには硬化します。

 うるしは空気中の酸素を取り入れて硬化するタイプの塗料ですが、その過程を酵素が支えている酵素反応型塗料でもあります。うるし液中の水分に含まれている酵素のラッカーゼがウルシオールをウルシオール同士で反応する物質に変え、その結果うるし液がどんどん粘っこくなっていき、やがて硬化するという流れになります。

 そこで、なぜ上記の温度と湿度のくくりが必要なのかといえば、それがラッカーゼさんの労働条件だからです。
 まず温度ですが、多くの化学反応は温度が高くなるほどその反応スピードが速くなることが知られています。このため、一定温度以下ではほとんど硬化反応が進みません。
 また、ラッカーゼさんはタンパク質でできていますので、一定の温度(40℃~)以上では変質してしまい、仕事をしなくなってしまいます。

 またラッカーゼさんはうるし液中の水分を介して酸素を補給して働いているので、うるしが硬化する前にうるし液中の水分が揮発して無くなってしまうと、ラッカーゼさんもやる気を失い、またしても仕事をしなくなります。従って、うるし液中の水分の揮発を遅くするめに、まわりの環境をそこそこ加湿する必要があるのです。
 つまり、洗濯物を乾かさないように天気を雨にする必要があるのです。

 そしてラッカーゼさんは一度やる気をなくしてしまうと完全に職場放棄してしまうため、再度適当な温度・湿度に戻しても、もう仕事をしてくれません。
(ラッカーゼのタンパク質が変質し、元の状態に戻らなくなります)

 寒い時期になると「塗ったうるしが乾かなくなった」という事案を耳にします。
 気温が低いときには、反応がゆっくり進むためにうるしが硬化するまでに時間がかかってしまうのですが、この状態では湿度がある程度高くても、うるしは薄く塗り広げた状態で長時間空気中にさらされることになり、表面が硬化して膜が張る前にうるし液中の水分が揮発しきってしまうことがあります。

 すると、ラッカーゼによる硬化反応がストップしてしまい、うるしが乾かなくなる(硬化しなくなる)のです。


2012年8月6日作製
2020年6月6日改定